終わらぬ苦悩25年 チェルノブイリ事故
住民 故郷戻れず
解決に100年 新石棺は財政難
旧ソ連ウクライナ共和国(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で起きた爆発事故から今月26日で25年になる。
東日本大震災による福島第1原発の事故で、あらためて国際社会の厳しい視線が原発に注がれる中、
チェルノブイリでは今も故郷を追われた旧住民たちの無念が渦巻き、出口の見えない事故処理の苦闘が続いていた。
■強制避難
チェルノブイリ原発から南へ4キロほど離れたプリピャチ市の学校。
床には教科書や割れたガラスが散乱し、足の踏み場もない。
廊下に張り出された事故3日前の新聞は、ソ連共産党の会議の内容を伝え、新たな国家戦略によるバラ色の未来を宣伝していた。
事故後、原発を中心にした30キロ圏内は強制避難を命じられ、立ち入り制限は今も続く。
原発職員らのベッドタウンだった同市は5万人の住民すべてが避難し、ゴーストダウンと化した。
現在、プリピャチ市の管理業務を担うシロタさん(35)は事故当時10歳。
母に手を引かれ、旅行気分で出掛けたのを覚えている。
「母は避難は数日と告げられ、現金と身分証しか持って出なかった」。
故郷に戻る日は二度と来なかった。
■からかい
市近郊で酪農と野菜栽培で生計を立てているアレクセービッチさん(82)は一家でキエフに逃げた。
風評被害を恐れた当局はすべての牛の殺処分を命令。
処分前「ごめんな」と謝りながら一頭一頭の体を洗った。
持参した放射線量計で測定したプリピャチ市内の最大線量値は1時間6.3マイクロシーベルト。
100キロ離れたキエフと比べて約50倍だが、すぐには健康に影響を及ぼさない値だ。
立ち入り制限区域の多くでも数値は低下し、ロシアメディアによると現在、約300人が区域内に不法居住している。
ほとんどが高齢者。汚染の恐怖より故郷への思いを優先した結果だ。
一方、アレクセービッチさんは墓参を除き故郷に帰ろうとは思わない。
「事故後、『放射能臭い』と友人にからかわれたこともある。美しい故郷はもうなくなった」
■負の遺産
チェルノブイリ原発周辺では現在、官民合わせて7000人余りが働く。
爆発事故が続き、「石棺」と呼ばれる巨大なコンクリートで覆われた4号機の保守・管理や、昨秋から始まった「新石棺」建設に向けた準備作業のためだ。
政府職員の男性によると、放射線を警戒し15日ごとに現場と自宅待機を繰り返す特殊シフトの勤務という。
「新石棺」は、老朽化した現在の石棺を金属製のシェルターで外側からすっぽりと包み込む大規模なもの。
完成後は、いまの石棺内に残る大量の放射性物質を徐々に取り除く計画だ。
ウクライナ政府は財政難から、建設費15億ユーロ(約1800億円)のうち約6億ユーロが手当てできず、国際社会に支援の手を求める。
また、高齢化が進む事故被害者団体は、政府に社会保障の拡充を強く要求するが、現状では困難とみられる。
チェルノブイリという巨大な負の遺産。
政府職員は、すべてが解決するには「100年はかかる」と漏らした。

爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機。
測定器では200メートル離れた地点で、キエフの約100倍の放射線を計測

放射性物質セシウム137によるチェルノブイリ原発周辺の土壌汚染
(1989年末測定)
福島との違い
臨海中に爆発
チェルノブイリ原発は核分裂が継続して起きる臨海状態で爆発した。
福島第1原発では地震後、運転中だった1~3号機は緊急停止下が、その後、炉内の冷却に失敗し手、燃料棒が容融し水素が漏れ、1・3号機は建屋内で、2号機は格納容器の一部で爆発が起きたとみられる。
放射線物質拡散防ぐ容器なく
チェルノブイリは黒鉛減速炉で放射性物質の拡散などを防ぐ格納容器がなく、核分裂中の大量の放射性物質が、爆発とその後に黒鉛が燃え続けたため広範囲にわたり飛散した。
福島では格納容器があり、最悪の原子炉爆発には至っていないものの、放射性物質が建屋の爆発やベント(排気)で大気に放出されたり、海に流出したりしている。
ただチェルノブイリで爆発したのは原子炉1基で約100万キロワット級。
福島の場合、1~3号機の出力は合わせて約200万キロワットで、さらに使用済み核燃料プールからも放射性物質が漏れたとみられ、単純な比較は出来ない。

北陸中日新聞(平成23年4月4日:朝刊)
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住民 故郷戻れず
解決に100年 新石棺は財政難
旧ソ連ウクライナ共和国(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で起きた爆発事故から今月26日で25年になる。
東日本大震災による福島第1原発の事故で、あらためて国際社会の厳しい視線が原発に注がれる中、
チェルノブイリでは今も故郷を追われた旧住民たちの無念が渦巻き、出口の見えない事故処理の苦闘が続いていた。
■強制避難
チェルノブイリ原発から南へ4キロほど離れたプリピャチ市の学校。
床には教科書や割れたガラスが散乱し、足の踏み場もない。
廊下に張り出された事故3日前の新聞は、ソ連共産党の会議の内容を伝え、新たな国家戦略によるバラ色の未来を宣伝していた。
事故後、原発を中心にした30キロ圏内は強制避難を命じられ、立ち入り制限は今も続く。
原発職員らのベッドタウンだった同市は5万人の住民すべてが避難し、ゴーストダウンと化した。
現在、プリピャチ市の管理業務を担うシロタさん(35)は事故当時10歳。
母に手を引かれ、旅行気分で出掛けたのを覚えている。
「母は避難は数日と告げられ、現金と身分証しか持って出なかった」。
故郷に戻る日は二度と来なかった。
■からかい
市近郊で酪農と野菜栽培で生計を立てているアレクセービッチさん(82)は一家でキエフに逃げた。
風評被害を恐れた当局はすべての牛の殺処分を命令。
処分前「ごめんな」と謝りながら一頭一頭の体を洗った。
持参した放射線量計で測定したプリピャチ市内の最大線量値は1時間6.3マイクロシーベルト。
100キロ離れたキエフと比べて約50倍だが、すぐには健康に影響を及ぼさない値だ。
立ち入り制限区域の多くでも数値は低下し、ロシアメディアによると現在、約300人が区域内に不法居住している。
ほとんどが高齢者。汚染の恐怖より故郷への思いを優先した結果だ。
一方、アレクセービッチさんは墓参を除き故郷に帰ろうとは思わない。
「事故後、『放射能臭い』と友人にからかわれたこともある。美しい故郷はもうなくなった」
■負の遺産
チェルノブイリ原発周辺では現在、官民合わせて7000人余りが働く。
爆発事故が続き、「石棺」と呼ばれる巨大なコンクリートで覆われた4号機の保守・管理や、昨秋から始まった「新石棺」建設に向けた準備作業のためだ。
政府職員の男性によると、放射線を警戒し15日ごとに現場と自宅待機を繰り返す特殊シフトの勤務という。
「新石棺」は、老朽化した現在の石棺を金属製のシェルターで外側からすっぽりと包み込む大規模なもの。
完成後は、いまの石棺内に残る大量の放射性物質を徐々に取り除く計画だ。
ウクライナ政府は財政難から、建設費15億ユーロ(約1800億円)のうち約6億ユーロが手当てできず、国際社会に支援の手を求める。
また、高齢化が進む事故被害者団体は、政府に社会保障の拡充を強く要求するが、現状では困難とみられる。
チェルノブイリという巨大な負の遺産。
政府職員は、すべてが解決するには「100年はかかる」と漏らした。

爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機。
測定器では200メートル離れた地点で、キエフの約100倍の放射線を計測

放射性物質セシウム137によるチェルノブイリ原発周辺の土壌汚染
(1989年末測定)
福島との違い
臨海中に爆発
チェルノブイリ原発は核分裂が継続して起きる臨海状態で爆発した。
福島第1原発では地震後、運転中だった1~3号機は緊急停止下が、その後、炉内の冷却に失敗し手、燃料棒が容融し水素が漏れ、1・3号機は建屋内で、2号機は格納容器の一部で爆発が起きたとみられる。
放射線物質拡散防ぐ容器なく
チェルノブイリは黒鉛減速炉で放射性物質の拡散などを防ぐ格納容器がなく、核分裂中の大量の放射性物質が、爆発とその後に黒鉛が燃え続けたため広範囲にわたり飛散した。
福島では格納容器があり、最悪の原子炉爆発には至っていないものの、放射性物質が建屋の爆発やベント(排気)で大気に放出されたり、海に流出したりしている。
ただチェルノブイリで爆発したのは原子炉1基で約100万キロワット級。
福島の場合、1~3号機の出力は合わせて約200万キロワットで、さらに使用済み核燃料プールからも放射性物質が漏れたとみられ、単純な比較は出来ない。

北陸中日新聞(平成23年4月4日:朝刊)
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